This Is The One! - innocent -

俺にとってのお気に入り(The One)を公開していくブログです。最近は目にしたものをどんどん書いていく形になっています。いっぱい書くからみんな読んでね。


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たむらぱんの気分

JUGEMテーマ:音楽


バイト先の有線ではJ-POPが延々と流れている。
最初のころは久々にJ-POPを聞いたので新鮮に感じたのだけど、もうすっかりと聞きなれてしまった。
マーケティングに基づいてプロデュースされているであろう、金太郎飴みたいに同じ顔をした曲たちに辟易しだしているこの頃である。
「等身大の歌詞」がもてはやされて久しいが、「等身大」と「平凡」は違うだろうと思う。
工夫も冒険もない、ありきたりのテーマを使い古された言葉で歌ったものでは楽しめない。
そんな中でも4曲に1曲ぐらいは楽しめるものが聞こえてくるのだが、それはAKB系やハロプロ系のアイドルだったり、アニソンだったりすることが多い。
同じ顔をした曲が並ぶ中で、そうやって若干距離のあるところから、腕の立つ造り手がプロの技巧を駆使して書いてみせた曲しか面白くないという状況。
これでは演歌と歌謡曲の時代と同じではないかと思う。
大きなマーケットでまっすぐに自己表現ができる場所を獲得しようと奮闘したJ-POPというフィールドは、需要と供給の市場原理の下でつまらないものになってしまった。


そうやって俺が立ち尽くす店内に、たまに流れてくる俺を驚かせるサウンド。
その一つがたむらぱんの「バンブー」であった。
昨年、ロッテのお菓子のCMで話題になったあの人である。
Rageかと思うような(これは褒めすぎだが)荒々しいギターにつづいて以下のようなキッチュな歌詞が、ちょいロリっぽいヴォイスと美メロで繰り出されるのだ。


朝6時に起きて
電車7時に乗って
8時サティについて

お昼1時にとって
眠い3時になって
少しコーヒーを召して

外ぼんやり見たって
仕事終わり無くって
あたふたしだして

会社を9時に出て
家に10時に着いて
12時には寝なきゃ
割とこの暮らしは好きなのさ


扉とびら開いたら
その向こうがどこかまで
続いてたらと思うけれど
でもほんとに続いちゃ困る

ゆれるゆれる心、からだ
でも僕はね 折れないバンブー

ドアノブに働く手を添え
強くなったねと 胸張ってすすめ


ある日ここに生まれて
よちよち歩き出して
世界が広がって

周りが気になって
おしゃれもしだして
恋とかしたりして

街も変わりまして
あの日見た未来で
過ごす自分になって

孤独も知りまして
矛盾も知りまして
でも幸せだ僕は


めぐるめぐる時の中
いろいろありそうだから
動かないでと思うけれど
でもほんとに止まっちゃ困る

曲がる曲がる心、からだ
でも僕はね 折れないバンブー

時のエスカレーターに乗って
今いる自分を信じてすすめ


この痛みは何の痛みかな?
この気持ちは誰に届かなくても
かたくなすぎると折れてしまうんだよ
世の中いろいろあるけど
もっとしなやかにもっとしなやかに


扉とびら開いたら
その向こうがどこかまで
続いてたらと思うけれど
でもほんとに続いちゃ困る

もどる踊る心、からだ
そう僕はね 折れないバンブー

ドアノブに添えた手を見つめ
強くなったねと胸張ってすすめ
信じてすすめ
笑えーっ


はじめにこの曲を聞いて、この世の中に強い怨念を持った人か、人を小ばかにしながらも欲しいものを与える人か、とにかく中島みゆき系の人だと思った。
「みんなこういうことでしょ、こういう歌聞きたいんでしょ」と思いながら曲を書いているような。
12時半に家について、夕飯を食べてから1時ぐらいにこの歌を検索した。
この歌をうたっているのがたむらぱんだと知って、PVを見て、他の歌も聞いてみた結果、けっこう本当にそう思ってるのかもしれないと、考えを改めた。


俺は同年代の女の子、特に大学の友人なんかとは人生観がだいぶ違うなぁと感じる。
やつらときたら、まるで老人みたいな人生観を持っていやがる。
「かわいいおばあちゃんになりたい」とか、アホか!と思う。
で、「アホか!」と言っては不当な冷遇を受けるのだが。
ま、冷遇されるのはいいとして、そんなに守りに入っているのというのが我慢できない。

確かに今は厳しい時代であるのは間違いないから、目下の生活を維持するだけでも一苦労だというのは想像できる。
そういう中で、生まれてこの世にいることができるだけでも喜ばしいことだ、という方向で幸せを見出していくのもわかる。
それは素晴らしいことだと思う。
でも、なんでそれがこんなに消極的な幸せの見出し方なんだよー!と、頭をかきむしりたくなるのだ。
他人の人生ですからね、別にいいんですけどね。
同じこと言うにしたって、もっと素敵な言い方があるだろう、と思うのだ。


朝6時に起きて、夜12時に寝るまでに、自分のために使える時間なんかほとんどなくて。
そのわずかな時間ですらも、ちょっとテレビ見ただけで終わっちゃったりして。
なんでこんな下らないことしながら生きていかなきゃならないんだよ、と思う。
でも他の世界なんかいきなり現れても困っちゃうから、私はこれでいいのかも、って。
だからなんでそんなにネガティブな考え方なんだよー!!

その状況でどうしても自分を納得させる説明を見つけなきゃいけないんだとしたら、俺だったらこう言うね。
こんなクソみたいな痛々しいことを体験できるとは、人生ってなんて素晴らしいんだ!と。


生まれてから時を重ねて、世界のことを知って、いろいろありそうだからとまって欲しいって、お前完全にビビってるだろ!と思う。
いろいろありそうだから胸が高鳴るんじゃん。
ミスチルのこの歌詞を引用しちゃうよ。

知らないことがよかったと
思うことがこの世にある
だけどもっと知りたい
深くまで愛を知りたい


あるいはオザケンのこんな歌詞も引用しちゃうよ。

ありとあらゆる種類の言葉を知って
何も言えなくなるなんて
そんなバカなあやまちはしないのさ!


怖いんだけどね、怖いんだけど「とまっちゃ困る」なんてネガティブな理由で飛び込むんじゃない。
本当の自分の人生を生きたいから、目を輝かせて飛び込んでいくのさ。
このことに関しては南野陽子の「楽園のDoor」が奇跡みたいな的確さで表現してくれている。

陽だまりの 窓辺から 凍える町並見下ろすの
寂しさも 憎しみも ガラスの向こうの物語

そうね 世界中が 他人事なら
傷つかずに 過ごせるけど
心ごと生きてゆきたくて
楽園のdoorから…ひとり

冷ややかな 階段を ざわめきの海へ降りてゆく
あこがれと 哀しみが ぶつかってもつれる街角

そうね 人の波に まきこまれて
遠回りでも かまわないわ
一歩ずつ 強い優しさに
近づいていきたい…いつも

青空が まぶしくて 私はこんなに小さくて

だけど 人の波に 流されないで
まっすぐ前に 歩けたなら
いつの日か陽だまりのような あなたを抱きしめたい

新しい靴は少し ぎこちなくて かすかな痛み ひきずるけど
一歩ずつ 履き慣らしてくわ
あなたに 近くなるために


今いる自分なんか信じないほうがいいんだよ、グチャグチャになってみればいいんだよ。
痛みを感じているんなら、体いっぱいで感じてみればいいじゃない。
笑う必要なんかないんだ、どん底でシクシク泣いてる自分だって素敵でしょ。

たむらぱんの別の曲で「ちょうどいいとこにいたい」なんて、なんで「最高のところにいたい」って言わないんだろう。
俺は絶対に最高のところにいたい。
そして、語義矛盾みたいだけど、最高のところっていうのは無数にあるんだ。


「心穏やか」に暮らしたい人は多いみたいだけど、「心穏やか」って幸福とは遠いところにある状態だとも思える。
目を閉じて耳をふさいだことで成り立っているんじゃないのか。
生きることをやめた世界じゃないのか、それは。
どんな状況にあっても「心穏やか」でいられる自分でいたい、というのはわかる。
弱くてすぐダメになっちゃうからなるべく心穏やかでいられる状況にいたい、というのはわからん。



これからたむらぱんは売れるだろうし、売れてほしいんだけど、でもやっぱりなんか信用できないところもあるよな。
あの顔は絶対に元ロック少女でしょw
こんなロックと対極にある歌詞書いてていいのかよ。
あの白いふわふわのウサギがくっついた服は、悲しいぐらい似合ってないし。
人に強い勇気を与えるのは、応援ソングとは限らない。
なんか腹に一物抱えてるんじゃないかと期待する。


 

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posted by kach 04:27comments(0)trackbacks(0)





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