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俺にとってのお気に入り(The One)を公開していくブログです。最近は目にしたものをどんどん書いていく形になっています。いっぱい書くからみんな読んでね。


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"Brilliant Disguise" Bruce Springsteen


JUGEMテーマ:洋楽歌詞・和訳


『Tunnel of Love』の和訳の記事を、しばらくサボっていた。
最後の"Valentine's Day"を2月14日にアップできたらいいかなぁ、ぐらいの感覚で始めたのだが、ずいぶんとズレこんだものだ。
少しばかり腰が重くなってもこだわって、最後までいければ過程のことは問わない、と思っているので、最後までやろうと思う。



誰かのことを理解するとか、その人が本当はどのような人であるかをつきとめるとか、ある特定の人の「核」や「本質」を見きわめようとするのは困難な作業である。
我々はそれを認識することができない。
そのような「本質」に迫ることができる手段があるとすれば、隠喩やその他の芸術的作業によってのみであろう。

俺の知った本たちの中でも、完成された本として特別な場所に置かれている数冊のうちの一冊、アルフォンソ・リンギスの『何も共有していない者たちの共同体』では、そのことが以下のように表現されている。
「理解するということは、他者の外観と動作が、心理学的、生理学的、物理学的な法則と、言語学的、身振り学的、文化的なコードとに従属しているとみなすことである。他者を理解するというのは、その他者自身を理解するためにそうした法則やコードが絶対に必要だということを理解することなのである。」(p.47)

人間にとって、何かを理解するということがコードを介してするより他にありえないとしたら、コードによって読めないものを理解することはできないのである。


人が何かをを見るときには、(文字通りの意味で)表面を見て、現れるものを見るしかない。
それを理解するためにはコードによって理解するしかない。
たとえば、人の本質と本質の、魂と魂の触れ合いのようなことをロマンティックにも想定するとすれば、現実にはそれは二重に(あるいはそれ以上に)阻害されているのである。

ところが、人はしばしば、表面にたわむれて踊ることをよしとせず、一貫して恒常的な何かをつかまえようとする。
これは自分が死すべき存在であることに人が耐えられないからなのかもしれないし、単に社会的にそれが良しとされているから欲しがるのかもしれない。

この努力が報われるときが一度だけある。
それは努力を始めてから少し経過したころに訪れる。
対象を完全につかまえる一瞬。
それはつまり、自分の中に相手の肖像画を描ききったときに訪れる。
一つの環状の充足がもたらす、楽園。
そして、その肖像画が現実を完璧に反映しているわけではないということに気づくのは、その直後からのことである。

初恋というものが特権的なのは、肖像画が現実を完璧に反映することなどありえない、ということを知らずにいられるからだ。
あるいは、そもそも自分が肖像画を描いているのだということにすら気づかずにいられるかもしれない。
これと同じような事情で、初恋でなくとも、関係の始めのころには、この信仰をもつことができるかもしれない。
肖像画のことを知っているはずなのに、それでも生まれる信仰。

  おどろく程気まぐれな展開に少しだけ
  私らしくない期待を oh oh してる 
  (宇多田ヒカル「Eternally」)

このあたりのことについては、以前の「独りが好きなのに一緒にいたい」という記事にも書いたことである。




寒い雨の日に、俺はアルバイトで道路に立ちながら、アイドリングするスポーツカーのマフラーから立ちのぼる湯気を見ていた。
赤い透明なプラスチックがテールランプの光を通して、濡れた塗料にかくれる鉄が乾いて冷えているのを俺は感じていた。
俺は、物の優しさを感じていた。

優しさというのは適切な表現ではないだろう。
何も期待させないかわりに、何も与えてはくれない。
こちらからの働きかけには、常に正当な反応がかえってくるのみである。
そもそも求めないから、そこに現れるものだけで満足できる。
物には認識も、判断も、行為も無い。


かつてマルクス主義は、この正当性を歴史にも求めていたのかもしれない。
たしかに、人間もまた一個の物なのだ。
しかし、人間は物を「理解」する。
人間性は「物ではない(非=物)」というところにあるから、人間の行為の総体は正当に動くだけではない。
「理解」は物を十全につかまえるわけではないから、科学のコードが世界を埋め尽くすことはない。
意味はどこかで、常に欠けている。



喜びや楽しさというものが難しいのは、それがしばしば個人的なものではないからだ。

  美しいものを見て、私はこの景色と気持ちをあなたに伝えたい。
  私はあなたが笑うときに心からの満足をおぼえるのです。
  私ががんばることができるのは、あなたが期待してくれているから。

こういうことは真実を含んでいると思うし、美しくもあると思う。
ただ、疑いようのない愛にもとづいているからといって、それがいつも明るい喜びや楽しさを呼び起こすものだとはかぎらない。

  あなたがその言葉を口にする気持ちも背景もとてもよくわかるし、それに協力したいと思うから、私が返す言葉はあらかじめほとんど決まっている。
  あなたは喜んでいるけれど、あなたが喜べば私が喜ぶということを見越してあなたは喜ばざるを得ないのかもしれないし、そうだとしても私はあなたをがっかりさせたくはないからやっぱり喜ぶのです。
  あなたは私が期待に応えることに慣れてしまっているかもしれないけれど、裏切ることがあなたを本当に思うことだとどこでどうして言えるの。


正当な行為ばかりをして、意味や理解で関係が埋まってしまったら、「私」と「あなた」はどこにいるのだろうか。
その意味や理解を築き上げてきたのは、お互いの努力や思いやりの結果なのである。
理解できないときには、あなたのことを理解できない。
理解できたときには、あなたがどこにいるのかわからない。
愛が喜びや楽しさを曇らせてしまうということはあるだろうか。


喜びや楽しさとは、簡単なときには実に簡単なものだ。
5月の木漏れ日の町を二人で歩くだけでよかった。
そこに現れるものに満足できていたのだ。


人間性の居場所、「あなた」の魅力の源泉とは、必ずしも正当に行為しないというところにある。
そこに現れるものに満足するには、この魅力を楽しんでいればいい。
しかし、いつしか喜びや楽しみよりも、不安が超えてしまったら。
魅力的なあなたをなんとか理解したいと望んだとしたら。
お互いを理解しようという努力は、いつしかお互いの行為を正当性に導くことがある。
理解できる世界で満足するには、「あなた」や「私」を求めないことだ。
この二つの満足のあいだには、不安の領域がある。
疑うことなどせずにすんでいればよかったのに。





Brilliant Disguise
Bruce Springsteen


I hold you in my arms as the band plays
俺はお前を腕に抱いている バンドが演奏するとき

What are those words whispered baby just as you turn away
ささやいた言葉は何だったか お前が背を向けたとき

I saw you last night out on the edge of town
昨晩 町の端のところでお前を見かけた

I wanna read your mind
俺はお前の心を読みたい

And know just what Ive got in this new thing Ive found
新しく出会ったこの出来事で 俺が何を手にしたのかを知りたいんだ

So tell me what I see when I look in your eyes
俺が何を見ているのか教えてくれ お前の目の中を見つめるときに

Is that you baby or just a brilliant disguise
それはお前なのか それともただの輝かしい偽装なのか



I heard somebody call your name from underneath our willow
俺たちの柳の木の地下から誰かがお前の名前を呼ぶのを 俺は聞いた

I saw something tucked in shame underneath your pillow
お前が恥ずかしがりながら何かを枕の下に押し込むのを見た

Well Ive tried so hard baby but I just can't see
俺は必死にがんばったがベイビー 何もわからなかった

What a woman like you is doing with me
お前みたいな女は 俺に何をしているんだ

So tell me who I see when I look in your eyes
俺が誰を見ているのか教えてくれ お前の目の中を見つめるときに

Is that you baby or just a brilliant disguise
それはお前なのかベイビー それともただの輝かしい偽装なのか



Now look at me baby struggling to do everything right
俺を見てくれベイビー 何もかもをきっちりやろうと必死だ

And then it all falls apart when out go the lights
そしてすべてはバラバラになる 光が消えたときに

Im just a lonely pilgrim I walk this world in wealth
俺はただの巡礼者 この富んだ世界を歩く

I want to know if it's you I don't trust
俺が信じないのはお前のことなのかを知りたい

Cause I damn sure don't trust myself
なぜなら 俺が自分を信じてないということも確かだから



Now you play the loving woman I'll play the faithful man
お前は情愛深い女を演じて 俺は誠実な男を演じる

But just don't look too close into the palm of my hand
俺の手のひらをあんまり近くからのぞきこむなよ

We stood at the altar
俺たちは祭壇に立って

The gypsy swore our future was right
俺たちの未来は間違いないとジプシーが占った

But come the wee wee hours
でも夜明けが来て

maybe baby the gypsy lied
ベイビー たぶんジプシーは嘘をついたのさ

So when you look at me
お前が俺を見るとき

You better look hard and look twice
よく見て そして二度見たほうがいいぜ

Is that me baby or just a brilliant disguise
それは俺なのか それともただの輝かしい偽装なのか



Tonight our bed is cold
今夜 俺たちのベッドは冷たい

Im lost in the darkness of our love
俺たちの愛の暗がりに 俺は迷ってしまった

God have mercy on the man
神よ 男に慈悲をおかけください

Who doubts what he's sure of
確信しているものまで疑ってしまうこの男に








 

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