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俺にとってのお気に入り(The One)を公開していくブログです。最近は目にしたものをどんどん書いていく形になっています。いっぱい書くからみんな読んでね。


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『Wrecking Ball』についての、いくつかの考え

JUGEMテーマ:音楽


発売日の夜に、『Wrecking Ball』を数回聞いた上での感触をざっと書いた。
それからおそらく10周ぐらい聞いたけれど、これが素晴らしいアルバムであるという意見は変わっていない。
いくつか書いておきたいことが出てきたので、ここに書く。


まず、表題作の"Wrecking Ball"について。
俺はこの曲がニュージャージーのジャイアンツ・スタジアムについて歌ったものだと知らなかった。
この曲は、ジャイアンツ・スタジアムが取り壊される前の最後のツアーにおいて、その場所でのライヴで演奏されるために書かれた曲であるらしい。
俺がこの曲を初めて聞いたのは『London Calling - Live in Hyde Park』でのことだった。
そこで「ジャイアンツがゲームをした」というラインに寄せられる大歓声が何を意味するのか、俺は理解していなかった。
そのことを理解したうえで、俺のこの曲に対する解釈はあまり変わらない。
というのも、この曲が具体的なものごとを歌ったものであることはもともと明らかであったし、素晴らしい詩の特性である、具体と普遍のイメージの自在な飛躍というものがそこにはあるからだ。


「俺は鉄のところから育った。ここ、ジャージーのみすぼらしいところで」という言葉からこの曲は始まる。
そこが鉄工で栄えた時代と、やがて廃れていくさまが、ジャイアンツ・スタジアムのかつての栄光と取り壊しに重ね合わされている。
若さや美しさが塵と化し、勝利や栄光が駐車場に変わったとしても、せめてそれを自分たちの手でぶっ壊してやろうぜ。
厳しいときは行ったり来たりするものだから、今回の苦境では腹を決めて盛大な一撃をお見舞いしてやろうぜ。
曲の流れとしてはこんな感じで、この曲単独で語られていることはだいたいこんな感じのものだと思う。


これをアルバムの流れの中に置いてみると、もう少し違った角度で見ることができる。
俺の聞いたところ、アルバムの主要なテーマは少なくとも2つあり、1つは「不況」や「経済」のこと、もう1つは「約束」のことである。

鉄工や炭鉱を始めとした重工業を基礎に出来上がった町が、世界のあらゆるところで20年程度のあいだに壊滅的に廃れていった。
それが引き起こしたこととは、その町におけるコミュニティの壊滅である。
20世紀後半の数十年のあいだ、製鉄所や炭鉱を持つことによってそれらの町は栄え、組合が整備されて、戦後の平和と経済成長にもとづいた黄金期を謳歌した。

  Now when all this steel and these stories, they drift away to rust
  いまや全ての鉄と物語は 錆びついてしまった

  And all our youth and beauty, it's been given to the dust
  俺たちのすべての若さと美しさは 塵と化した

  When the game has been decided and we're burning down the clock
  ゲームは決着がつき 俺たちは時計を燃やし尽くしている

  And all our little victories and glories have turned into parking lots
  俺たちのすべての小さな勝利や栄光は 駐車場に変わってしまった

  When your best hopes and desires are scattered through the wind
  お前の最高の希望と欲望は 風のなかに散らばっている


いまや仕事はなく、この町が新しくできることは見当たらない。
組合が廃れた今では、人々のつながりを保つ唯一のものとは記憶に結びつく記念碑だが、それらの建築物も駐車場へと変えられている。

いったいなぜ、この町はここまで廃れてしまったのか。
労働者たちがしっかり働かなかったのか。
経営者が重大な失敗を犯したのか。
不景気が長くつづいているのか。
そうではない。
経済が変わってしまったのだ。
もう後戻りはありえないほど、何かが決定的に違ってしまったのだ。

それは誰かが望んだ結果なのだろうか。
部分的にはそうである。
資本の流動化によって、大金を手にした一群の人々はいる。
では、彼らがその流れをつくりだし、責任は彼らにあるのだろうか。
どうやら、そうではないようだ。
たまたま彼らの地位についていた人々の名前と顔と人格がそっくり他の誰かと入れ替わったとしても、おそらく同じことが起きただろう。
労働者たちが取替え可能な労働力としてみなされてきたように、いまや資本家や経営者や投資家たちもまた取替え可能なものとしてみなされるのだ。
このような視点に立つとき、主役は人間ではなく経済になってしまった。
では、経済を誰かが止められるのだろうか。
あるいは、経済を誰かがコントロールできるのだろうか。
こんな時代に、「俺たちが自分たちの世話をみる」というのは、どういうことなのだろうか。
その答えを出すのはひどく難しい時代であるようだ。


どうも現状のやり方を少し変えてみる、というぐらいでは、人々は経済に翻弄されるがままでいるしかないようだ。
一度、根本から考え直す必要がある。
そんなとき、お前ならどうする。
お前が何を手にして、お前に何ができるのか見せてみろよ。
お前の鉄球をもってこいよ。
最高の一撃をお見舞いしてやろうぜ。
"Wrecking Ball"はそういうことを言っているように、俺には思えるのだ。


アルバムのテーマのもう1つ、「約束」については、まだ上手く書ける気がしないのでまだ書かない。
ただ、アメリカの開拓と勤労の精神が、千年王国論の考えに基礎を置いている、という指摘がされている本を読んだことがある。
このアルバムを聞くと、そのことがよく理解できるような気がする、ということだけ書いておく。




最近、Bruce Springsteenの歌における女性の位置づけについて、ブロガーたちのあいだでちょっとした話題になっているようだ。
そのことについて、少しだけ書く。
まず、おそらく揺るがないだろう前提として、Bruce Springsteenは男である。
彼は男として世界を見ているし、そうであるしかない。
だから、彼の歌の主人公に女性が少ないことを不満に思うのは馬鹿げているだろう。
彼が一番関わりがあるのは彼の人生であり、彼が共に時間を過ごす友達も男のほうが多いだろうから。
まさか、そのことに文句を言いたい人はあるまい。
歌詞に登場する人たちのうちで、その数と重要性の男女比が等しくなければならない理由はない。

彼が女性を重要なものと見なしていないのではないか、という指摘については、たしかにそのとおりかもしれないと思える部分がある。
彼の歌には意外性のある女性が登場しない、というのはたしかにそのとおりだと思う。
もうちょっと辛らつに言うなら、人間として現実的に生き生きしている女性は少ないかもしれない。
しかし、これについても、同じ理由から仕方の無いことではないか、と俺には思える。
つまり、彼は女性について、男性と同じ程度によく知っているわけではないのだ。
よく知らないということは、無視しているということではない。
彼の歌詞世界において女性が最も重要なものの一つであることは疑いようもないし、彼はそのことについて必死に考えをめぐらしているように思える。
それでも、彼がきちんとそれについて歌えるほどに理解できる女性の側面は、男性についてよりは多くないのだろう。
そのことは、男性の人物も女性の人物も特に登場せず、普遍的なものごとについて歌っているような歌についても同じくついてまわる欠点になりうる、ということは確かにありえる。
しかし、それ以外に彼には何ができるというのだ。
彼は彼の歌えることについて精一杯歌っている。
そして、この世界には女性もいることを彼が忘れているかといえば、そんなことはとてもありえないことのように俺には思えるのである。
もっと多くの女性の側面についての歌を聞きたい人がいるならば、彼よりもそれについて詳しい人が歌っているのを探すのがいいかもしれない。



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